「百面相の狛犬:なぜ?どうして?」
愛知県陶磁美術館 学芸員 佐久間真子
やきものの狛犬
深川神社の重要文化財「灰釉狛犬」は、大変有名な狛犬です。お隣の陶彦神社に祀られている陶祖・藤四郎の作と伝えられており、この地域の守護獣として長く愛されてきました。拝観を心待ちにしていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
さて、こちらの重要文化財「灰釉狛犬」はご存じの通り陶製ですが、一般的に神社を守る狛犬は石製もしくは木製が多く知られています。陶製狛犬は、やきもの産地に特有のものなのです。瀬戸のほかに陶製狛犬が作られた土地としては、愛知県内では常滑や犬山などがあり、岐阜県の美濃、岡山県の備前でも多く作られたようです。佐賀県の有田には磁器の狛犬が伝わっています。
各地で作られた陶製狛犬の多くは、生産地の近くの神社に納められることが多かったようです。ただし、瀬戸産の狛犬は質が高かったためか、室町時代頃にはわざわざ遠い土地から乞われ運ばれたものもあり、東京や茨城の有名な神社でも見つかっています。
狛犬はいつ、どこから来たのか
神社の鳥居の前などで、神聖な空間を守るためニラミを利かせる一対の狛犬・・・これは現代の我々にもおなじみの姿ですが、こうした狛犬は、もとはどこからやってきたのでしょうか。
現在の研究では、中国・唐からの仏教の伝来とともに獅子のような姿をした「一対の守護獣」という形が伝わったことが、日本での狛犬の起源と考えられています。その一対のうち、阿形は豊かな鬣(タテガミ)を持つ「獅子」、吽形は頭に1本の角がある「狛犬」という姿で定着していきました。そうです、実は、一対の守護獣をまとめて「狛犬」と呼んでいますが、もとは別の種類の神獣なのです。したがって、とくに古い時代(平安~室町時代)に作られた狛犬には、その特徴がしっかりと表されています。木造彫刻が特に発展した鎌倉から室町時代の木製狛犬は、引き締まった筋肉と精悍な顔つきの表現が素晴らしく、荘厳なたたずまいのものが多く伝世しています。これらの木製狛犬が、陶製狛犬の手本となったのでしょう。この時期に、瀬戸において深川神社の重要文化財「灰釉狛犬」も作られたと考えられます。
願いを込めて作られた陶製狛犬…でも百面相!
ところで、こちらの陶製狛犬の写真をご覧ください。いずれも、江戸時代中期から後期にかけて、瀬戸もしくは美濃で作られたものです。なじみのある狛犬とは、ずいぶん違った姿をしていませんか?おもわず「これは本当に狛犬?」と疑ってしまいそうなものもありますね。
・御深井釉狛犬 美濃 江戸時代前期(正保元年:1644)
・鉄釉白釉狛犬 瀬戸・美濃 江戸時代中期(寛延4年:1751)
・鉄釉狛犬 瀬戸・美濃 江戸時代中~後期
いずれも愛知県陶磁美術館蔵(本多静雄氏寄贈)、愛知県指定文化財(有形民俗)。
なぜ、陶製狛犬の姿形はこんなにもバリエーションが豊かなのでしょうか?それには、狛犬が作られた目的が大きく関係してきます。
古くは、狛犬は木製・石製・陶製問わず、信仰に基づき神社を守るために神社による注文を受けて作られていましたが、時代が下るにつれ、とくに江戸時代以降には「一般の人々による奉納」という形で納められたものが目立ってきます。これは、この時期の陶製狛犬に、願主や窯元の名前や奉納年などが刻まれたものが多く残る事から推測されます。
したがって、これらの陶製狛犬はいずれも大量生産品ではなく、一体一体、願主がなんらかの願いを込めて窯元とともに制作し、地元の縁のある神社に納めた特注品なのです。そのため、願いの種類に合わせて姿形がどんどん変化していったようです。本来の「獅子と狛犬」という姿を離れて、「夫婦円満」という願いのために雌雄がつけられたり、「農作物を荒らすネズミ除け」という願いのために猫型になったり、といったぐあいです。
・御深井釉鉄斑狛犬 瀬戸・美濃 江戸時代後期(文政7年:1824)
・鉄釉狛犬 瀬戸・美濃 江戸時代中~後期
いずれも愛知県陶磁美術館蔵(本多静雄氏寄贈)、愛知県指定文化財(有形民俗)。
また、陶製狛犬は、そうした特別なやきものゆえに、作り方もコレと定まった方法はなかったようです。粘土細工のものもあれば、胴体をロクロで引き上げてから手足などの部品を付けたものもあります。窯元によっては、おそらく狛犬を作り慣れていなかったのでしょうか、時にひょうきんでユーモラスな表情にさえなっているものもあります。
いずれにしても、様々な陶製狛犬を見ていると、江戸時代の人々の豊かな発想と狛犬に託した深い思いがいきいきと感じられ、大変楽しいものです。
さて、現代では、陶製狛犬の奉納自体はなじみの薄いものとなっていますが、バリエーション豊かな姿形に愛着を感じて、古美術コレクションとして蒐集する方もいます。愛知県陶磁美術館では、「西館」という展示館でこうした陶製狛犬コレクションを長らく紹介してきましたが、今冬(2022年初頭)に本館ロビーに移設しリニューアルする予定となりました。陶製狛犬の歴史を学びつつ名品を鑑賞できる、これまでとは異なった展示となるはずです。ぜひお越しください。(詳細は、秋頃に愛知県陶磁美術館公式WEBサイトでお知らせします)
おうちで楽しめる陶製狛犬
最後に、いくつかリンクをご紹介します。
瀬戸の陶製狛犬の歴史や、愛知県陶磁美術館所蔵の代表的な狛犬については、過去に「(旧)深川神社コラム:瀬戸歳時記」にて、前副館長・神崎かず子が寄稿しております。ぜひ併せてお読みください。
http://www.seto-fukagawashrine.com/setosaijiki/140801.html
また、現在、同館の「西館」では100体の陶製狛犬を展示しておりますが、その表情をもっと楽しんでいただきたいと思い、特に人気の12体のプロフィールを公式WEBサイトでご紹介しています。荘厳で逞しい表情を見せながらも、ときにひょうきんで愛らしい陶製狛犬の魅力にお気づき頂ければ嬉しいです。
(愛知県陶磁美術館公式WEBサイト 西館のページ ※ページ下部にまとまっています)
https://www.pref.aichi.jp/touji/exhibition/2021/p_nishi/index.html
・愛知県陶磁美術館 西館のページ「こま犬の自己紹介」一例