瀬戸陶芸協会の100分の85
瀬戸陶芸協会会長 太田公典
昨年2020(令和2)年12月16日から三越名古屋栄店美術画廊で「瀬戸陶芸協会展 100年へ向かう道」を開催しました。11月25日新型コロナウイルス感染症対策強化「勝負の3週間」の最終日となり緊急事態宣言発令はいつかという日々の中、来場者の方々には感染症対策に注意していただきながらの開催でした。会場は大画廊、小画廊を使い会員48名中38名出品と多くの参加があり、中日新聞、CBCテレビ、東海テレビニュースなどで紹介していただきました。陶芸協会84年の歴史展示と瀬戸美術館服部館長に解説をお願いしました。歴史・作品・技法解説等をすることで、展示販売のみでなく「瀬戸陶芸」を皆さんに知っていただく機会となりました。その歴史展示の中に瀬戸陶芸協会設立趣意書が展示されていました。内容は現代にも通じるところがあり、その設立精神により現在まで84年続いてきた理由があるように思いました。一部を抜粋して紹介したいと思います。
『―前略―現在各地市場に捌(さば)かれつつある陶磁器は、瀬戸古来の作品に比(ひ)し、その素質なり、味わいなりが稀薄(きはく)になって心ある人々を心痛落胆(しんつうらくたん)せしめ、次第に駄物(だもの)の汚名に浸食(しんしょく)される情勢であることは誰しも肯定する事実であります。このような状態の中に蠢動(しゅんどう)して始めて斯業(しぎょう)に従事する瀬戸人が打って一丸となり素質の向上に拍車をかけるべき緊急の要務であることを痛感するのであります。今日までの陶業に、本当の心からなる郷土愛の培(つちか)いが出来ていたか?目前の小利己にのみ生きて、何等か明日への工作が考えられていたか?必ずしもそうとは言えないのであります。前述のごとき今日を招来したるも、その因(よ)って来たりし結果ではないでしょうか。―中略―大同精神を以(もっ)て陶芸を事する者相総(あいすべ)て、同好名士の賛助を得、真の郷土愛に立脚する研究団体「瀬戸陶芸協会」を結成し陶業振興の一歩一歩を力強く踏み出したい念願であります。
昭和11年4月 瀬戸市陶芸協会創立委員長 瀬戸市助役 野田 茂四郎』
1936(昭和11)年2月は二・二六事件が起き、11月には日独防共協定が結ばれ、世の中は戦争に向かう緊迫した空気が支配していたと言えます。
陶芸の世界では明治末から大正にかけて、日本、中国、朝鮮などの東洋陶磁の科学的研究が始まり1924(大正13)年東洋陶磁研究所が設立され1930(昭和5)年には魯山人により星岡窯研究所が作られ荒川豊藏による牟田洞窯跡での志野陶片発見があり、1933(昭和8)加藤唐九郎陶芸大辞典第1巻発行、1936(昭和11)年日本民芸館開館、1946(昭和21)年日本陶磁協会が設立され、1948(昭和23)日本陶磁協会による小長曽陶器窯跡の考古学的学術調査が初めて行われました。中国における唐三彩発見、鉅鹿(きょろく)遺跡から磁州窯系陶磁の出土、辛亥革命による宮廷伝世品流出、浅川伯(のり)教(たか)兄弟による朝鮮陶磁収集、柳宗悦の朝鮮陶磁との出会い等、富本憲吉は1932(昭和7)年に品野を訪れ瀬戸の土を使い制作をしています。
東洋陶磁の歴史的発見と研究を下敷きとして、北大路魯山人1883(明治16)年生、富本憲吉1886(明治19)年生、河井寛次郎1890(明治23)年生、荒川豊藏1894(明治27)年生、加藤唐九郎(明治27)年生れなどの活躍により、戦後日本のアイデンティティーの確認による、戦後陶芸のブームなど日本文化の発露を見ることが出来ます。
瀬戸においてもこれらの流れを受けるように、愛知県立陶器学校1911(明治44)年に着任した図案教師日野厚による「瀬戸図案研究会」から、創作陶芸を目指す加藤土師萌などによる「陶均会」の結成、1929(昭和4)年には加藤菁山を中心に「土の風景社」の設立、そして藤井達吉との出会いにより1932(昭和7)年に「瀬戸作陶会」と名を変え創作陶芸を目指して活動を続けることになります。藤井は他にも加藤華仙を中心とした「春陶会」にも影響を与えました。
当時の瀬戸市長泉崎三郎の提唱により藤井達吉らが、「瀬戸作陶会」「春陶会」を結合して「瀬戸陶芸協会」が結成に力を尽くしました。瀬戸陶芸協会の歴史には、創作陶芸作家の継続的な活動を観ることが出来ます。明治後期からの古陶磁窯跡発見、中世陶磁器産地としての歴史的意味の再評価、戦争の混乱を潜り抜け、高度成長期の陶芸ブームを経験し、幾つかの美術団体の会員、無所属の作家等多様な作家の集まりとして現在まで続き、産地の作風として皆が同じ技法で制作するのではなく、「瀬戸図案研究会」における”創作の心”を原点に、瀬戸という地域の材料、技法を吟味して各自の作品を制作することが「瀬戸陶芸協会の心」と言えると思います。戦争、その後の混乱の歴史、また創作に対する意見の違いになどを経て、2021(令和3)年には85年を迎えようとしています。
100年まで、あと15年、2036年の瀬戸陶芸協会の作品を楽しみにしたいと思います。
参考文献
・「瀬戸陶芸の歩みと瀬戸陶芸協会」瀬戸市美術館、瀬戸陶芸協会、公益財団法人瀬戸市文化振興財団編集、瀬戸市美術館、瀬戸陶芸協会、公益財団法人瀬戸市文化振興財団発行、2016(平成28)年
・「瀬戸陶芸の黎明」愛知県陶磁美術館学芸課編集、愛知県陶磁美術館学芸課発行、2018(平成30)年
・「瀬戸作陶会の陶芸―加藤菁山―」瀬戸市美術館編集、瀬戸市・(財)瀬戸市文化振興財団発行、2008(平成20)年
・「富本憲吉と瀬戸」瀬戸市歴史民俗資料館編集・発行 2001(平成13)年
・「生誕120年 富本憲吉展」京都近代美術館・朝日新聞社編集、朝日新聞社発行、2006(平成18)年