元瀬戸市歴史民俗資料館長 山川 一年
初めて瀬戸を訪れた人が、生粋の瀬戸の人と会話した印象を「言葉の調子が強くて、何か叱られているみたい」とは何度か聞いた。その地域の日常生活で使われている話しことばを「方言」とか「里言」という。瀬戸地域特有のことばや発音(なまり)、アクセントや語法などことば全体で「瀬戸弁」が構成されている。代表的な瀬戸弁保持者は井上博通元市長と陶芸作家の先代水野双鶴さんであった。
平成元年に瀬戸市は市制60周年を迎え、その記念事業の一つに「瀬戸の方言の保存」事業があった。丹羽一彌東海女子短大教授・田島優愛知県立大講師が中心となり、教育委員会が協力した本格的な調査だった。公民館の70代前後のその土地生まれ・育ちの人対象のアンケート調査、市内8中学校2年生全員の調査、中心市街地・新団地・郊外地区の地域差調査など多岐に亘り、『瀬戸のことば』にまとめられて刊行された。陶都として祖母懐地区で窯業ことばも集録されている。
この本によれば、瀬戸弁の特徴の一つはイ音便の省略ということで、赤いは「アカー」、長いは「ナガ―」となる。瀬戸から東濃地方の窯業地帯の共通性のようである。その二は鼻濁音の欠如である。ガッコウ(学校)、カガミ(鏡)、エーガ(映画)の「ガ」音は全て「ga」と発音され、全国共通のカガミ、エイガの「ガ」音の鼻濁音が無い。その三の特色にアクセントがある。「はしが落ちた」の発音で、瀬戸の「ハシ(箸)が落ちた」は、隣の三重県では「ハシ(橋)が落ちた」になる。西日本の「京都式」ではなく、「東京式」のようである。瀬戸高校教師をしていた頃、テニスコートで「京都式」発音の先生が「誰かキルものもってきてくれ」といった。ガットを切るものだったが、コート着をもってきた生徒にきょとんとするこんなことがいっぱいあった。
さらに、お国ことばとしての特有の瀬戸弁が巻末に400語あまり採録されている。この事業に賛同した瀬戸青年会議所が「瀬戸弁番付表」を作成して市民に配布した。東の横綱に「ほや(肯定のあいずち)」、西の横綱は「ぐろ(端・すみ)」以下100語以上が載ったものである。私などは、大関の「もうやぁこ(共有すること)」や「いのっちぎり(思いっきり)の方が、戦中・戦後貧しかった時代を思い出して好きなことばである。中に「まっぴんぴん」がある。これも先の瀬戸高校時代に、数学の先生が教室で「直線とは180度の角度のことである」と定義を教えていた。すると生徒席から「先生、それまっぴんぴんのことやがん」と、いっとき職員室で話題になったことがあった。
今年の初詣に深川神社に赴いた。穏やかな日和の正月で参道は大変な賑わいであった。陶芸家加藤唐九郎翁なら「大曾根口やなあ」と職人言葉で表現したろうなと思う。地下街の居酒屋「久兵衛」には「今週の瀬戸弁」という手作りのポスターが貼ってあり、「もうやぁ~」「ばぁやぐる」とあった。もう20年も続く店主の道楽である。