深川神社総代会会長就任あいさつ 加藤庄平
本年度より、深川神社総代会会長の任を仰せつかりました加藤庄平でございます。瀬戸の総鎮守産土神として市民に広く尊崇されている深川神社。その総代会並びに奉賛会の要職を賜りましたことは大変に光栄であると同時に、その責任の重さもひしひしと感じているところでございます。
深川神社はご承知のとおり、天照皇大神の御子八柱を勧請し、771年(宝亀2年)の創建とされております。以来、当時の公家の筆頭でありました藤原氏との縁深く、鎌倉時代には陶祖加藤四郎左衛門景正(藤四郎)がこの神社でお告げを受けて瀬戸陶業発展の礎となり、さらには織田信長遭難とその後の逸話も残されるなど、全国あまたの神社にもない重厚な歴史を誇っております。
個人的なことで恐縮ですが、私は当神社にほど近い背戸側町に生を受け、そこで育ちました。製陶業を営む「丸窯製陶」が家業でありましたので、代々の当主と一族の深川神社と陶彦社に対する崇敬はひとかたならず、窯の火入れの際には必ず宮司に神事をお願いし、焼成中の安全と製品の上々ならんことを祈願していただいておりました。
私は、現在は代々の名乗りである「庄平」を襲名させていただいておりますが、元々は「五雄」というのが本名であります。この五雄という名前は、今の二宮あづさ宮司のお爺さまに当たられる先々代の二宮武宮司に命名していただいたものであります。
このような縁を知ってか知らずか、子どものころの私の遊び場といえば神社の境内でした。近所の仲間と連れ立って、本当によく走り回って遊んだものです。そんな遊びの中に石室の残る横穴式円墳や、諏訪の名工立川和四郎富昌が1800年代の初頭に築いた本殿と優美な彫刻群などを自然なかたちで自分の内に取り込み、私なりの『深川神社への崇敬』というものを醸成してきたものと思います。
また、長じては愛知県陶磁器工業協同組合理事長として、春の陶祖祭では陶彦社で行われる祭事を主催させていただくなど、さまざまな場面で、生涯に渡りご縁をいただいているものと思います。
このような私と当神社の縁でありますが、産土としての権威を維持し、伝統ある総代会の名誉を守るべく微力を尽くしてまいる所存でございます。皆さま方のお力添えを何とぞよろしくお願い申し上げ、せともの祭りにあたってのご挨拶とさせていただきます。
末筆になりますが、今回のせともの祭りの成功を心よりご祈念申し上げます。