瀬戸蔵ミュージアム企画展「明治150年記念 明治時代の瀬戸窯業~超絶技巧の世界~」に寄せて
瀬戸蔵ミュージアム館長 武藤 忠司
瀬戸蔵ミュージアムでは、8月4日から11月4日までの会期で企画展「明治150年記念 明治時代の瀬戸窯業~超絶技巧の世界~」を開催しています。
明治時代は陶磁器の大量輸出という使命を課せられ、その最大のマーケットである欧米を意識した作品が、当時の技術の粋を集められてつくられていきました。それは大型の器形や豪華な装飾が施された完成度の高い作品として現在の私たちの目を驚かせ、現代の技術・方法でもその製作が難しく、技術の高さと意匠の斬新さが高い評価を得ていることから、時に「超絶技巧」と称されています。今回はこうした明治時代の瀬戸でつくられた超絶技巧の作品の一端をご紹介します。
1超絶技巧の世界-染付-
当時の最高レベルの技術でつくられた器体に瀬戸が得意とした呉須による絵付、いわゆる染付が施された作品があります。これらは器面全体に隙間なく精緻かつ写実的に描かれ、青色の濃淡のみで仕上げられていて、流麗さや力強さを備えています。線の太さや描く部位によって筆が変えられ、時には担当する職人も変えて描かれています。絵付方法も線描き(ワリガキ)と塗りつぶし(ダミ)で描くものと付立筆などを使って線描きをせずに絵付するものがあり、これらを併用して描かれる場合もあります。また線描きにおいても絵付の途中に顔料を筆に付け直すと線の太さ・筆圧が変化しやすくなりますが、器面全体の線描きなどの雰囲気は変わらない状態で描かれています。また、細い線で描かれた花や鳥の絵にすべてダミが施された作品もあります。そのダミは濃淡が使い分けられていることによって奥行き感が出ています。
顔料として使われる呉須の色合いには窯屋ごとの違いが見られる場合があります。これは窯屋ごとに呉須の配合を変えたものを使って特徴を出していたと推測されます。
2超絶技巧の世界-上絵・金彩-
色彩豊かで絢爛豪華な上絵付作品は金襴手とも呼ばれます。瀬戸でつくったボディを横浜・名古屋など別の場所へ運び絵付を施し、完成品となります。これらは明治になってから導入された西洋絵具を用い、隙間なく器面全体を使って細密な描写で絵付がされています。その題材は花と鳥や日本の風俗・物語など海外で好まれたものが中心になっています。
上絵・金彩は高温で本焼成した白い素地の上に何種類もの絵具を使って色を重ね、その絵具に合った焼付温度で、場合によっては複数回焼成して完成するものです。使用する絵具の順番は焼付温度が高温のものから低温のものへといった考慮が必要となります。
また、作品は成形と絵付が別の場所で行われたにもかかわらず、ボディの形状に合わせた、バランスのとれた細密な絵付がされています。
3超絶技巧の世界-竹の意匠-
装飾で特徴的なのは欧米で流行したアジア特有の「竹」の意匠を取り入れた作品です。作品の一例として青地の磁器土を縦横に編んで竹籠をつくり、白地の花瓶がその中に収められたものがあります。こうした装飾をするには、花瓶のボディ本体と同じ収縮率の土を細かく切り、竹や布と同じように縦横に編み込みをするという難度の高い技が使われています。
4瀬戸の陶絶技巧の世界-大型作品-
明治時代初期に瀬戸では飾壺・円卓・燈籠などの磁器製大型作品がつくられるようになります。今回の展示でも高さ50㎝を超える花瓶類があり、その大きさが目を引きます。
磁器で大型作品をつくることは製作途中で歪みや切れが生じやすく難度の高いもので、他産地でも作品例は多くありません。歪みや切れが生じる理由は、器自体の重みに粘土が耐えられず崩れたり、乾燥や焼成時の温度管理が不十分で切れ・割れが出やすいためです。しかし瀬戸では完成後の白さはやや劣るものの、地元で採れる木節粘土を磁土に混ぜて大型作品をつくることに成功しました。しかしこれだけで作品が完成となるわけでなく、その後の工程で、成形の際に器体を分割してつくりそれをつなぎ合わせ、時間をかけて十分な乾燥を行い、焼成にも細心の注意をすることが必要となります。特に焼成では瀬戸で丸窯と呼ばれる近代に入って大型化した、磁器を焼成するための登窯を用いて、ゆっくりと温度を上げながら作品を焼き上げていきます。こうした大型作品は大きな登窯があってこそできる作品です。
5超絶技巧の世界-結び-
ここまで紹介してきた「瀬戸の超絶技巧」作品が世に出る契機となったのが明治6年(1873)のウィーン万博です。その参加報告書の「墺国博覧会参同紀要」では、万博の参加目的を、精良・巧妙な国産品で日本の名声を海外へ広め、西洋技術を学び、市場調査を行って輸出を拡大していくことなどと記しています。
この目的に沿って日本が参加した明治9年(1876)のフィラデルフィア万博、明治11年(1878)のパリ万博で成功を収めたことで、「精良・巧妙な国産品の製作」への取り組みは加速度的に進んでいきました。
こうした流れの中で生まれてきた「瀬戸の超絶技巧」作品は、造形や絵付の精緻さ・写実的表現を始め、製土・成形(装飾)・乾燥・絵付・施釉・焼成というやきものづくりの各工程に海外などの新しい情報を取り入れながら、当時の最高水準の技を産み出し、集約されて作品となっています。それとともに美意識というエッセンスを加えてつくられた作品は海外で高い評価をもって受け入れられ、輸出振興の足がかりとなって現在の陶都としての繁栄につなげていきました。