石灯篭がひっそりと冷たくなった。
石灯籠は、石なので冷たいに決まっている。
しかしながら、数か月前まではあたたかった。
3年ほど前になるだろうか、石灯篭を住処にした住人がいる。
二ホンミツバチだ。石灯篭は積んであるだけで、それぞれの石同士が接合していない。昭和4年に建てられた灯篭には経年でできたわずかな隙間がある。そこを出入口としてミツバチたちはせっせと巣作りを始めた。お尻なのか足なのかよくわからないが、黄色い花粉をモフモフといっぱいにつけて巣に入っていく姿はとても愛らしい。彼らが一番活発に動くのは午後1時から2時頃で、灯篭の周りを乱舞する姿も豪快である。また、暑い夏には扇風機部隊が入口の端に並び、小さな羽をブンブンと動かし一生懸命に巣の中に風を送るのに姿は、その知恵に驚く。
秋になるとギャグがやってくる。人間でも恐ろしいスズメバチだ。奴らは人さらいならぬハチさらいをする。生きたまま捕獲して持ち帰るのだ。死んだハチには見向きもしない。そんなスズメバチが時に体を丸めて地面に落ちていることがある。迎え撃つミツバチたちがミツバチ団子の勝利の証である。自分たちの何倍もの大きさのスズメバチにミツバチが数十匹で覆いかぶさり体熱でやっつけるのである。
しかし、必ずしも成功するとは言えず、スズメバチの必死の抵抗でミツバチが何匹かが犠牲になってころがっていることもある。スズメバチを駆逐できる確率は極めて少ない。そこで、我々はミツバチ防衛隊と称し助太刀をする。スズメバチの侵入を阻止するためミツバチが通れるだけの隙間を残して出入口に石を並べた。少し大きめの枝も置いたみたところ、スズメバチは強靭な顎で砕いてしまった。ミツバチたちにも困ったもので、初めは北側の一か所からだけ出入りしていたが、住人が増えたのか残る三方向に出入口を作ってしまったので要塞としての機能は低下。
スズメバチがやってくるとミツバチたちは一斉に羽音を立てて警戒する。我々も片手にたも、片手にスズメバチ殺虫剤を持って立ち向かう。一匹、二匹ならば何とか太刀打ちできるが、奴らは伝達能力に優れ偵察したのち集団で襲いに来る。そうなると、こちらも及び腰になる。さすがに怖い。
そこで、スズメバチホイホイを作成。ペットボトルにスズメバチが入れる切り込みを入れ、誘因剤として酒類、酢、砂糖を底から三分の一ぐらいまで入れて木の枝にぶら下げる。スズメバチが一番好むのはギンナンの腐敗臭。ギンナンが落ち始めたらそれも入れる。その捕れること、捕れること。一週間もすると2リットル入のペットボトルの底に溜まったスズメバチは20匹ぐらいになる。ミツバチを守る目的ではあるが、申し訳なく心が痛むくらいだ。でも、我らはミツバチ防衛隊だ。ごめん、スズメバチ!
そんなミツバチとの共存を楽しんでいたのだが、今年の一月末頃に彼らが集団自決をしているのを発見。灯篭の出入口の周りに2、30匹、いやそれ以上かもしれない数のミツバチが死んでいる。この時期にスズメバチは来ない。どんな外敵が来たのか。でも、その様子を見ると石につかまったまま息絶えているものもいて、何かにやられたような形跡はなさそうである。出てきたのはいいが、思わぬ寒さにやられたのか、わからない。ミツバチ好きの参拝者が、エサがなくなると口減らしで弱ったやつが追い出されると聞いたことがあると言われた。その後も数は少ないが、死んだミツバチを見かけた。厳しい世界だ。
そんな事件があってから立春も過ぎ、この暖かさならば例年ミツバチは元気に飛び回って活動を開始していたのに、全く姿を見ない。石灯篭に人気がない。いや、ハチ気がない。静まり返っている。女王様があまり好ましくないところと判断されて引っ越されたのだろうか。
石の冷たさを一層ひんやりと感じる春、小さな生命の大きさとぬくもりを思う。